第六章

    1

 関係者が足止めされたまま、二十五日の夜になった。圧力でも掛かったのか、夕飯は妙に高級な食事が用意されたようだ。しかし籠瀧館別館には大部屋がないため、会食とはならない。各々の個室へ箱詰めで分配されるというプロセスと、館に立ち籠める重い雰囲気によって、それはただの弁当へと身を落としていた。
 往葵103号室で一人、考えを纏め直した。そして百々と話をしようと102号室を訪れたが、そこには城戸しか居ない。
「あれっ,百々さんはどこ行きました?」
「んー? よくわかんないけど、麻績さんに話があるって出ていったよ」
「そうなんですか」
 自分はこの事件の真相に、やっと辿り着いた。同時に百々にも解ったのかもしれない。
 玄関先まで出てみると、麻績と共に行動していた背の高い刑事の姿があった。
「阿由川さん、でしたっけ」
「はい。どうしました?」
「麻績警部と希理優百々さんはどちらに?」
「ついさっき、お二人で本館へ向かいました。そして実は、杜能塚さんに伝言があるんです。『別館の皆さんへの説明を貴方に頼む』と。一体、どういう事ですか?」
「なるほど、邦親氏を説得しに行ったんでしょうね。わかりました。やりましょう」
「…………?」
「102号室に、別館の全員を集めて貰えませんか。事件についてお話したい事があります」

 元々広めの部屋だったので、思っていたほど窮屈ではない。慶子夫人、東野氏、円香、中之倉、城戸、楢崎、時任、そして阿由川刑事が集まり、それぞれ椅子やソファについた。
「それで、お話というのは?」
 阿由川が切り出す。一同の中で、彼と往葵だけが立っていた。
「昨日、本館で起こった事件ですが――」往葵は腰の前で手を組み、話し始めた。「梁木原さんが瀧沢駿さんを殺害した。克山さんが梁木原さんを殺害した。そして楢崎さんを殴って逃走した。こんな風に解釈されました」
「ええ、そうですが」刑事は困惑したように頷く。
「しかし僕は、別の筋書きを発見しました。その説明を、この場で行いたいと思います」
「あ! ついに推理できたの?」円香が明るい表情になって背筋を伸ばした。
「うん、まあね」
「ももっち、じゃないや、希理優さんがいませんけど……」城戸が皆の手前、丁寧な言葉で訊く。
「彼女は事件には関係ありません。今は邦親氏と話をしに行っています」
 皆は、さっぱりわからない、といった顔をする。百々については注意を逸らすよう、往葵はすぐに本題へと入った。
「さて、ちょっと考えてみましょう。事件が起こった夜の中で、もし楢崎さんが克山さんに殴られていなかったら、どうなっていたでしょうか?」
「あん? どういう事だ?」楢崎が訝しげに訊き返す。
「つまり、全員で駿さんを発見した後、何事も起こらずに朝を迎えられた場合です」
「克山さんが知らんぷりしたままで、ずっと一緒にいるって事ね?」城戸が発言した。もう丁寧語を忘れている。
「ええ。すると、梁木原さんが失踪した、という風に認識されます」
「ああそうか、実際彼女は既に死んでいるにしても、発見されないうちはそう考えるだろうね」東野氏がやっと話がわかってきた、という顔で頷く。
「そう、そういう仮定の話です。僕は早い段階で、停電の時に走り抜けたのが克山さんではないかという考えに至っていました。しかし本人が健在ならば否定したでしょうし、皆さんにも信じてもらえたかどうかはわかりません」
「どっちにしろ、朝になったら大勢警察が来るわけだろ? あのメイドを探しにって事になるが」楢崎が口を挟んだ。
「アッ、そうですね。あハァんなクロゼットの中じゃあ、あっという間に見つかってしまいまブフフフねヘェ」中之倉が吹き出しながら続ける。
「あそこには一時的に隠しておいただけで、林の中に埋めるつもりだったんじゃないかな?」東野氏が改案を出した。
「みんなで固まって夜を越した事を考えると、そのチャンスがあったかどうか……」城戸は、それに首を傾げる。
「よしんば何処かへ埋めたとしても、警察は確実に発見するでしょうね」
 阿由川が真面目な顔をして言ったが、「よしんば」という言葉を実際に使う人間がいるとは思わなかったので、往葵は慌てて笑いを堪えた。
「そうでしょうね。このように考えてみると、克山さんの計画はなんだか杜撰に見えてきます」顔に力を入れ、真面目な表情を作って続ける。
「別に、あいつがいい加減な性格だったんじゃねぇの」楢崎は再び、椅子からずり落ちるような姿勢になった。
「いいえ、彼は自らが働く館を利用して、完全犯罪の計画を立てていました。それが空振りに終わったため、杜撰な形で僕達の目の前に現れたんです」

    2

「瀧沢さん。希理優です」
 百々は、インターフォンへと話し掛けていた。
「――何だい?」
「少々、直接にお話をさせていただけないでしょうか」
「へえ、貴女の事だ、よほど面白い話があるんでしょうね? 一人なら下りてきても構わないよ」彼は、相変わらず飄々とした口調である。
「そういうわけにはいきません」腰に両手を当て、横に立っていた麻績が口を挟んだ。「万一のため、監視させていただかなくては」
「それじゃあ嫌だね」邦親氏は拗ねたような声を出した。本当に反応が若い。
「お願いします。麻績警部だけでも一緒に入れて貰えませんか? 彼は馬鹿ではありません」
 その物言いに麻績は驚いてこちらを見たが、彼ならばその意味がいずれ解るだろう。
「…………」インターフォンはしばし、ノイズのみを吐き出し続ける。
「――強引に裏口の壁を破壊されたくはないでしょう?」
 黙る邦親氏に、百々は脅しめいた文句を言わざるを得なかった。
「ふっ。わかった、わかったよ。参った。二人で下りてきなさい」
「裏口……?」
 麻績が不思議そうに呟いた。

    3

「まず、ここに本館の平面図がありますのでご覧下さい」往葵は大判の紙を掲げた。「僕がこれを一見して思ったのは、何故ループ構造にしないのだろう、という事でした」
「ループ? ああ、廊下が、リングになりそうでならないのね」時任が、自分の感覚の横文字に言い換えた。
「歩き回っているだけでは気付きませんでしたが、裏口の反対側にある倉庫と、僕たちが利用していたトイレが、壁一枚しか隔てていないんです。これなら、廊下を繋げた方が便利でしょう?」
「いや、厨房や執事室は『裏方』だからね」東野氏が異論を挟んだ。「もてなす側ともてなされる側をはっきりと分けるという発想は、僕には自然に思えるんだが」
「そもそも、こんな処に館を立てる事自体が道楽でございましょう? 便利だとか合理的だとかいう問題ではないのよ」慶子夫人も高貴な説明を加える。
「なるほど……僕は庶民なので気付きませんでした」往葵は苦笑した。「でもここで言いたいのは、この構造には仕掛けを施す余地がありそうだ、という事なんです」
「カラクリ屋敷ですかぁ? トイレの壁がクルッと回、回、回るブフフフフゥ、そりゃ可笑しい! アッハハハハハ、は?」
 中之倉は爆笑したのだが、他の皆が目を見開いて黙りこくっているのに気付き、ピタリと静止した。
「まさか、パーティーの最中に梁木原さんが駿さんを運んで……」東野氏が口を開く。
「僕も最初はそう考えました。それは可能性としては有り得るものの、梁木原さんにとってのメリットがない。克山さんをかばったという考え方もありますけどね。ただ、現場の周りは警察が詳細に調べています。あまり仕掛けの位置が近いと、どれだけ凝った作りでも発見されてしまうでしょう」
「当然ですよ」阿由川が眉間にシワを寄せる。
「ではもっと別の仕掛けは考えられないでしょうか? ここで一歩戻って、他に『作為の影』がなかったかどうか思い出してみましょう。ありましたよね、普通ではない出来事が。まるで夢を見ているような、あの闇の空間」
「!!」
「それと同時に、この写真を見ていただきましょう」
 往葵は、城戸から借りたパソコンを開いて皆へ向けた。
「本館の玄関ですの? いえ、絵が掛けられていませんわね。何故外し……」慶子夫人の言葉が、途中で途切れる。
「どうしてここに壁が?」大声を上げたのは時任だった。「そんな筈ないよ! こっち側は黒いカーテンだったでしょ」
「これは――裏口じゃないか!」東野氏が気付いた。
「そうです」往葵は頷く。「実は、本館の玄関と裏口はよく似ているんです。それでも裏口はほとんど人の目に触れる事がありませんし、僕達も一度は訪れましたが、壁の向こうがすぐ屋外に当たるため、なかなかその発想が浮かばなかったのです」
「この壁にカーテンをくっ付ければいいんだ」さすがの答えを出したのは城戸。
「その通り。黒いカーテンがあるだけで、その向こうにホールの空間があると錯覚させる事ができます。玄関にあった絵画も貼り付けておけば、もう完璧です。そうして裏口を偽装したとして、邦親氏のセレモニーと考え併せると辿り着く結論」往葵はひと呼吸置いてから言った。「僕達は、裏口側から地下へと降り、その後玄関側へ上ってきたのです」
「!!」
「この建物全体は線対称でも点対称でもありませんが、二つの出入り口から地下室までの距離は同じなので、どちらから降りたのか訪問客には判断できません」
「あのらせん階段は、方向感覚を狂わせるためにあったんだ……」時任が腕組みをする。何かが解きほぐされると同時に、知りたくない事が明かされるのを恐れるように。
「んで、そんな事して、何か得すんのか?」楢崎が、何故か投げ遣りに言う。
「本館に到着した時の事を、順番に思い出してみて下さい」
「最初に入った、プレゼントルームの場所が違うじゃないか!」東野氏が叫んだ。
「そう。この平面図によると物置ですね。ここに絨毯が敷かれ、プレゼントが用意されていました。僕達はプレゼントルームに死体がなかった事を見せつけられていた筈なのに、そうではなかった。瀧沢駿氏はこの時既に、あの部屋で倒れていたんです。つまり、これは克山さんのアリバイトリックだった」
「なんと……」阿由川が呟く。
「どこかの部屋の寸法を誤魔化して、隣接する場所にらせん階段が二本あるのだと思います。館を建設した時点から、巧妙な構造を用意してね。そうなると、梁木原さんをどこに隠すつもりだったのか、という先程の疑問も解けます。クロゼットから裏口側の階段室に移動するつもりだったのでしょう」
「お義父様がピアノを弾き終わった後、ドアを照らしましたわよね? その時、場所がズレていたの?」慶子夫人が訊く。邦親氏が共犯なのか、という怯えと共に。
「その通りです。その為にも『闇』が必要だった。いや、最も僕達の感覚を惑わせたのは、あの素晴らしい演奏かもしれません」
「えーと、待って、すると、梁木原さんは無実って事になるの?」城戸が少し話を戻す。
「僕はそう考えています。彼女が行ったのは、バスを裏口から正面玄関へ移動し、タイヤを潰すという作業だけです。これはサスペンスの余興だとでも乗せられたんでしょう。殺意どころか、犯罪を犯しているつもりも全くなかった」
「手紙の筆跡は彼女のものでしたが?」阿由川が鋭い指摘をした。
「それならば、頼まれて書いたんでしょうね。あまり言いたくはありませんが、実際に関係があって、当てつけ半分だったのかも」
「…………!」慶子夫人が口を片手で押さえる。やはり言わなければよかった。
「殺害は、克山氏自身によって早い時間に行われていました。僕たちをマイクロバスで迎えに来る直前ですね。その事実を偽の部屋でのプレゼント授与で隠し、以降僕達と共に行動する事で、不可能性をアピールした。館自体に仕組みがあったという、ある意味非常に馬鹿馬鹿しい大トリックです。それでも確かに、この計画は杜撰ではなく、完璧な筈でした。楢崎さんがあのクロゼットに近づこうとしなければね」

TOP】 【次へ